左に掲載した一連の図版は、スイスの著名なタイポグラファー、デザイン教育者ウォルフガング・ワインガルト(Wolfgang Weingart, 1941– )の企画構成で、バーゼル・スクール・オブ・デザインが開催したサマースクール「ベーシックス・イン・デザイン・アンド・タイポグラフィBasics in Design and Typography」に2006年に参加した時に、色彩デザインの課題として制作したものである[注1]。

注1 2005–08年開催。ワインガルトを通じてスイスタイポグラフィを実地に学ぶのが当初の目的だったが、結果としてタイポグラフィに限らず本当に多くのことを学ぶことができた。AIGAのウェブサイトにワインガルトのインタビュー記事あり[Wolfgang Weingart: Making the Young Generation Nuts]。自分もNutsになれたかな。

 一日8時間、4日にわたってひたすら色彩構成し続けた。スイスの乾燥した空気によるのだろう、とにかく絵具が乾くのが早かったのを思い出す[注2]。コツがつかめてくると、課題のためというよりは、制作を通して自分と対話するといったような趣になった。どうやら、自分は自由な構成よりも平面を分割する方が得意で、色を塗る時には、主役となる色を決めてかかるよりも全体のバランスを見ながら作業するのが向いているようだった。さて、それでは、と、日本に帰ってから同じことをパソコン上でやろうとしてもなかなかうまくいかない。なぜだか分からないが、PhotoshopなりIllustratorなりのカラーパレットから色を「抽出する」のと、現実に絵具を混ぜ合わせて色を「つくる」のとでは、圧倒的に後者の方がやりやすい。「抽出した色」は「つくった色」よりも頼りない。パソコン上での作業はやり直しがきくけれど、根本的にデメリットの方が大きいようである。

注2 道行く人が街のそこかしこに設置された噴水を手にすくいとり、肘の裏側や手首などにあてがっているのを真似してみたら、明らかに日本でやるよりも冷たく感じられて二度びっくりした。

 これは心理的な問題に過ぎないだろうか。あるいは訓練次第なのもしれない(特定の色を脳内でCMYKに分色するという芸当ができるようになれば、果たして?)。

当時のメモ書きをスキャンしたもの。制作時の指定条件は、所定の大きさの正方形を分割し、同一系統の8色を用いて色彩構成することだった。

 自信たっぷりというわけにはいかないが、この色彩構成でやったような「分割による構成」は、いわゆる平面構成で行う四角形なり円なりのエレメントなどの「配置による構成」と明らかに次元が異なる作業のような気がする。強いて言えば、分割による構成を「客観的作業」、配置による構成を「主観的作業」に分類できるような気がする。このあたりをもう少し突き詰めて考えることができれば、自ずとモダンデザインのありようも分かってくるのではと思う。

 タイポグラフィは、テキストを構成する文字、行、段、ページ、あるいは筆意など、それ自身で先天的に方向づけられたエレメントを操作する。さらに所定の原稿内容に従ってエレメントを操作するのが普通である。これらの点から、タイポグラフィは、より高次の作業と言える。高次といっても、基本的には「慣習」が大きく働く領域であるから、かえって問題を特定しにくい。慣習と造形原理を同列に語るのは、想像以上に難しいことだ。むしろ、もっと単純で素朴なところからはじめた方が、かえって手っ取り早いのではないか。

 分割と配置はどのように異なるのか。最近の自分の興味関心はこの問題に集約されていると思う。

 とにかく手を動かしてみることだ。

色彩デザインの講義実施時の教室風景(会場はバーゼル美術館Gewerbemuseum Basel)。